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社会福祉科

冬のスクーリングが終わり、おもうこと

はやいもので立春の声をきいて、陽気が一気にきましたね・・・

毎年恒例のスクーリングが終わり、虚脱に入って、つらつらと思い巡らせる水曜日。みなさん、お疲れがでてませんかしら?カンフル剤には程遠いですが、以下にお耳汚しをひとつ。どぞ。

レポートで再提出だと評価され(ようするに不合格の意味)、「このレポートは自身の実践を下敷きにして、そこから演繹されたものを概念化し、それを文章に展開して記述したものですから、参考文献は(当然)ございませんが、それのどこがよろしくないのでしょうか?」という問い合わせがあった。

毎年よくある問い合わせである。

そこで、かように問い合わせしてこられた方に、逆に質問する。
あなたがレポートに使用している、(これらの)専門用語は、だれが発見したのですか?
(まさか、あなたが発明したというのでも? 口にしたいところだが、これはいわぬが花で)
が、とうのご本人は怪訝な表情・・・というのも、毎年のことです。
それはそうでしょうよ。自家薬籠中のものであり日々の実践からつむぎだされた、渾身の力作、なにをこれ以上に考察せよと、と、なるのも馬齢をすぎた人間には痛いほど伝わりますぞ。

そこで一緒に、さしだされた原稿用紙をながめつつ、確認することとなる。
すると、渾身の力作の冒頭から「ストレングス」「生きづらさ」「生活課題」・・・いろいろと専門用語が、目にとびこんでくる。

誰が発見したのでしょうか?どの実践現場から発生したものでしょうか?逐一問い質してみたい気もちがこみあげてくるが、それはそれでハラスメントとなりそうなので、ここはぐっとこらえて、というか苦笑いついで、ためいきをつきアンガーマネジメント・ルーチンにはいる。

平たくいえば、わたしたち専門職の使用する用語は、現代になって突然わたしたちの脳裏にわいてきたものではないことは言うまでもなく。それぞれの職場に習い性となって、代々次の職員にひきつがれて、または伝承されたものが九割がたでありましょう。(そのほかは書物から、映像資料から、でしょうか)
つまり、レポートを記述し自らの考えをまとめるに際して、自分の表現した「ストレングス」「(男性患者)の生きづらさ」「日本社会の同調圧力」「ジェンダーバイアス」「自己決定」等、それぞれの「ことばづかい」や「専門用語」が内包している概念、が、それぞれに出自と歴史があるものです。これらは殊更ひとつひとつ出自を確かめて使用するということは支援現場の日常では意識的にはおこなっていないのが通例ですし、あるいは自明のことになりすぎて意識にすらあがらなくなっていることもありましょう。

(この講座に限って言えば)レポートを書くということは、課題に対する答えを回答する中で、レポートを書く人間が自身のことば、とくに専門用語について、その使い方とその歴史を振り返るというきわめて知的な営みであり、さらにふかぼりするなら内界への温故知新の旅ということでしょう。自身の理解がどこからはじまったのか、そして自らの理解がどのように発展、熟成をとげて今に至っているのかという旅であるともいえるでしょう。
つまるところレポート作成のだいご味とは、自分のことばの来歴(と生成あるいは形成過程)を確認することをとおして、自身の専門職としてのルーツをさぐる旅になろうかと思うのです。

はなしはかわりますが、毎年のスクーリングの初日に「ここにお越しの、みなさんはSワーカーという大河の一滴(@五木寛之先生)であり、連綿とつづくその系譜の末裔なのです」とお伝えしているフレーズがあります。
かくなるうえは、「他人が開けてそのままにしているドアも、気づいた人間がそっと後ろから閉めて冷えた外気が入らないようにする」という所作を「気づいた者が手をだす(元ネタとしては自覚者が責任者、が流布しているフレーズ)」(@糸賀一雄先生)とおすすめさせて頂いたわけです。決して「開けたらしめる(もしくは他人のごみでもごみは拾う)」などという公衆道徳などとお説教しているわけではないことと同根というか、相似形ということにきづかれたかな?
以上、昨日まで来場された方との一コマを思い出して、今朝のコラム作成のおつとめとします。

追記 と、かき終えて2時間たちましたが、おもしろいもので、また刺激的な志願者がおひとり学校を訪問してくださいました。あまりに愉快な経歴を披露してくださったので、一コマ分すぎてしまいました・・・引き寄せですね★

                                         社会福祉科 ひらおより

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