相手のこころを動かす伝え方-態度という名の雄弁なメッセージ
2が三つ並ぶ猫の日の日曜日――本校の創立記念日でもありますが――そして明けて23日の天皇誕生日、春本番を思わせる陽気の三連休。イタリアでの冬季オリンピックも熱戦の幕を閉じました。いよいよ弥生三月三日の社会福祉士国家試験の合格発表を待つばかり。そんな2月末を迎えて、この頃ふと思い出すのは「態度を示せ」という先賢の助言であります。
筆者がまだ何者でもない鹿の郷にある大学院の修士課程の学生であったころ、若き才女としてわが「鹿の大学」に着任なされた故・上野ひろ美先生*)が、「演習」の授業で言い放った指導言でした。事の仔細というか文脈は忘れてしまったのですが、もう35年も前のことですし、おそらく当時のわたしの学びへのとりくみの態度がよろしくはなかったのでしょう。そう厳しく指導されたのでした。
言われた若造としては、「なにを?」「どのように?」と頭のなかが疑問符だらけでありました。おそらく、目に見えない方にどのように示すのですか、とかなんとか、”まなざしの共有”なる生きられた時間についての現象学の一節に対して反論したようなおぼろげな記憶があります。(これについては、後に我が愚作の一節のテーマになりました)しかし今、還暦を迎え定年間近となってみると、手に取るように恩師のことばが心に沁みます。
なにゆえにか、このところ「態度のよろしくない」受講生?その予備軍?が、私の目の前に次々と現れてくるのです・・・
名作『後妻業』で名高い黒川博行先生の決め台詞に「吐いた唾飲めよ(自分の言動には責任を持て)」という凄みのある台詞がある通りです。自分が無意識に発している「態度」の責任は、最終的に自分が負うことになるのですから。いやはやこれも『引き寄せの法則』ですね・・・
たとえば、大学や専門学校の教員公募などの求人。締め切りが書いていようがいまいが(通常は必ず書いてありますが)、募集が掲載されたら「真っ先に提出する」。これをやると、人事担当の教員から直接電話がかかってきたりします。私自身、思い当たることが数度あります。(逆に、いつまで経っても電話連絡がこなければ、すでに本命の該当候補が他にいたりするわけでして……まあ、その場合は当て馬ですよね)。
こういうことこそが「態度で示す」という所作なのだと、社会経験を積んだ今なら痛いほど理解できます。自分の「やる気」や「熱意」を相手(この場合は募集先の人事担当者)に示すというのは、声高に自己アピールを叫ぶことではありません。「きちんと整った適切な文書類を、順番通り丁寧に揃え、いち早く提出すること」。結局のところ、それにつきるわけです。
受け取った人事の方が、「お、やるね」という気分になること。ここが肝要です。
そしてこれこそが、今回のテーマである「相手にとどくメッセージの出し方」の核心に他なりません。
私たちは往々にして、メッセージとは「言葉」や「文章」のことだと勘違いしています。いかに美しい言葉を紡ぐか、いかに論理的に説明するかに腐心します。しかし、受け手である相手の心に真っ先に飛び込んでいくのは、言葉ではなく「態度」という名の非言語メッセージなのです。
どれほど履歴書の自己PR欄に「熱意があります」「丁寧な仕事が持ち味です」と美辞麗句が並んでいようと、締め切りギリギリに届いた、順番の乱れた、折り目のついた書類であれば、相手に届くメッセージは「私はルーズで雑な人間です」というコンテンツだけです。言葉は態度によっていとも簡単に裏切られ、覆されてしまいます。
翻って、目の前にいる「態度のよろしくない」留学生たちを見てみましょう。彼らはデジタルネイティブであり、SNSやチャットアプリを通じて「言葉」を発信することには非常に長けています。しかし、その言葉を乗せて運ぶ「器」たる態度への想像力がすっぽりと抜け落ちているため、せっかくのメッセージが相手に届かない、あるいは意図せぬ不快感として伝わってしまうことが日常でして・・・
メールの件名を白紙のまま送ってくる。挨拶も名乗りもなく要件だけを唐突に尋ねてくる。彼らに悪気はないのでしょう。しかし、その「相手の立場や労力を想像しない態度」は、「あなたを軽視しています」という強烈なメッセージとなって、受け手であるこちらの感情を逆撫でします。心の扉が閉ざされた状態では、その後にどんな正論やお願いの言葉を連ねられても、決して届くことはありません。
「相手にとどくメッセージの出し方」。
その極意は、極めてシンプルです。言葉を尽くす前に、まず行動と振る舞いで「あなたを尊重しています」「真剣に向き合っています」という受け入れ態勢(=態度)を相手の心のなかに作ること。
書類の端をきれいに揃えること。誰よりも早くレスポンスをすること。相手が読みやすいように情報を整理すること。そうした、一見すると地味で些細な「態度」の積み重ねだけが、相手に「お、やるね」と思わせ、心の扉を開かせるのです。
35年前の恩師の言葉を、今なら目の前の人たちに伝えることができます。
「本当に伝えたいことがあるのなら、言葉を探す前に、『する』ことがあるよね」と-
*)上野ひろ美先生、奈良教育大学教授、元副学長、2009年6月19日没、教育方法学、幼児教育学がご専門であり、『幼児教育の原理』(1990)高文堂出版社など著作多数。