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社会福祉科

五月晴れの連休に(新入講生へのヒント①)

 憲法記念日と子どもの日の合間にはさまれた今日、みどりの日4日。若葉の季節、と思い至り、「めぶいた若葉は強がりだから」風にあらがって、とは五月の別れ(@井上陽水)を某公共放送から流れたピアノ弾き語り番組からつらつら思いおこしました。

 実は5月4日という日は、福祉の歴史をふりかえると興味深い日でもあります。


 一つは、この日が田中角栄の誕生日であることです。1918年5月4日に生まれた彼は、のちに日本の総理大臣となり、1973年を「福祉元年」と位置づけました。70歳以上の老人医療費無料化など、日本の社会保障制度は大きく拡充されました。高度経済成長の果実を国民に分配し、日本国が生活を手厚く支える方向へ進んだ時代です。
その政策は、現在の日本の福祉基盤にもつながっています。医療や介護が「家の中だけの問題」ではなく、社会全体で支えるべきものだという考え方は、今の介護保険にも通じます。在宅で暮らし続けたい利用者さんを、家族だけに任せるのではなく、事業所、ケアマネジャー、医療機関、行政、地域で支える。その発想の土台には、福祉を公的に支えるという考えがあります。
ただし、福祉の拡大には財源の問題も伴います。オイルショック後の経済低迷は、手厚い福祉をどう維持するのかという課題を突きつけました。これは今の日本にもそのまま続いています。少子高齢化が進み、介護を必要とする人は増える一方で、支える人材や財源は限られている。現場で働くみなさんが日々感じている忙しさや人手不足も、この大きな社会構造と無関係ではありません。


 そしてもう一つ、1979年5月4日は、イギリスでマーガレット・サッチャーが首相になった日でもあります。「鉄の女」と呼ばれた彼女は、手厚い福祉国家路線によって生じた財政赤字や経済停滞、いわゆる「英国病」を打破するため、まったく異なる道を選びました。国営企業の民営化、社会保障費の抑制、自助努力と市場原理の重視。福祉における国家の役割を小さくし、個人や家族の責任を強める方向へ舵を切ったのです。
その政策は経済を立て直した一方で、貧富の差の拡大や地域コミュニティの弱体化といった、新たな福祉課題も生みました。「社会などというものはない。あるのは個人と家族だけだ」という言葉は、今も福祉のあり方を考えるときに重く響きます。もし介護を個人や家族だけの責任にしてしまえば、支えきれない人が必ず出てきます。デイサービスをはじめとする福祉サービスは、まさにその孤立を防ぐための場所でもあります。

 田中角栄は、福祉を広げ、国家の責任で人々の暮らしを支えようとしました。サッチャーは、福祉を抑え、個人の自立と自己責任を重んじました。二人の方向は大きく異なりますが、現代の介護は、この「公助」と「自助」、「支えること」と「自立を促すこと」のあいだで、つねに揺れながら成り立っています。


 どの介護現場にも、この揺れはあります。できることはなるべくご本人にしてもらう。けれど、できないことを放置はしない。安全を守る。けれど、自由や楽しみを奪わない。家族の負担を軽くする。けれど、本人の意思を置き去りにしない。介護職員のみなさんは、制度の言葉だけでは答えの出ない判断を、毎日の業務の中で積み重ねています。
だからこそ、福祉は誰のためにあるのか、どこまでを公的に支え、どこからを本人や家族、地域で担うのかという問いは、政治や歴史の話にとどまりません。入浴を拒む利用者さんにどう声をかけるか。帰宅願望のある方にどう寄り添うか。家族の疲れをどう受け止めるか。人員が足りない中で、どこまで丁寧なケアを守るか。そうした一つひとつの場面に、福祉の本質が表れます。

 社会保障制度や介護保険の仕組みは、時代や経済状況とともに変わり続けます。しかし、どれほど制度が変わっても、目の前の人の尊厳を守ろうとする介護の芯は変わりません。過去のリーダーたちが残した光と影を学ぶことは、現場の私たちがこれからの介護を考える手がかりになります。
過度な効率化や冷たい自己責任論の風が吹く時代に、人に寄り添うことの大切さを守り続けるのは簡単ではありません。それでも、めぶいた若葉は強がりだから「強風」にあらがうのです。
 みどりの日の今日、デイサービスをはじめとする介護現場で働くみなさんが、日々の現場という大地にしっかりと根を張り、利用者さんとともに、さらにしなやかに成長していくことを願っています。介護とは、誰かを支える仕事であると同時に、ともに生きる社会を「あきらめない」ための実践なのです。

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