6月2日の記憶と、現代に起きた「予期せぬ悲劇」
福祉の道を歩み始めた新人職員の皆さん、そしてこれから現場へと羽ばたこうとしている受講生の皆さん。今日、6月2日が何の日かご存知でしょうか。今から444年前の1582年のこの日、日本史を揺るがす「本能寺の変」が起きました(旧暦ですが)。天下統一を目前にした織田信長が、最も信頼していた家臣に急襲され、無念の最期を遂げた日です。
「敵は本能寺にあり」。この言葉は、安全であるはずの場所で、予期せぬ危機が突然牙を剥くことの恐ろしさを今に伝えています。
そして奇しくも昨日、私たちは現代の福祉現場における「予期せぬ悲劇」を目の当たりにしました。訪問先の家庭で、ケアマネジャーが命を落とすという痛ましい事件の報道です(※)。
「人の役に立ちたい」という純粋な志を抱き、利用者との信頼関係を築こうと奔走していたであろう同業者が犠牲になったこと。その事実は、これから現場に出る皆さんや、日々現場で奮闘する皆さんの心に、「福祉の仕事って、こんなにも危険と隣り合わせなのか」という暗い影と恐怖を落としたことでしょう。
密室という名の「本能寺」と、単独行動の危うさ
本能寺の変と、現代の訪問福祉。全く違う時代と状況に見えますが、危機管理という視点において、実は重大な共通点があります。それは「絶対的な信頼関係を前提とした密室空間で起きる危機」だということです。
信長は、自分の領地であり、周囲を味方に囲まれた京都・本能寺に、わずかな手勢のみで滞在していました。「まさかここで自分が襲われるはずがない」という油断が、歴史を変える悲劇を生みました。
私たちの仕事も同じです。利用者のご自宅という「密室」に足を踏み入れるとき、私たちは無意識のうちに「支援者である自分は受け入れられている」「まさか危害を加えられるはずがない」と思い込んでしまいがちです。しかし、そこには認知症による周辺症状(BPSD)、長年の介護疲れによるご家族の極度のストレス、あるいは精神的な疾患など、私たちの想像を超える感情のマグマが渦巻いていることがあります。
「自分がこの人をなんとかしなければ」という熱い使命感は、福祉職にとって最も尊いものです。しかし、その使命感ゆえに、リスクを軽視して自分一人だけで複雑な問題に飛び込んでしまうことは、丸腰で戦場に向かうのと同じくらい危険なことなのです。現場の支援者が、密室の中でたった一人で暴力を受け止めてしまうような構造は、絶対に防がなければなりません。
あなたは決して一人じゃない。チームという「最強の盾」
信長は燃え盛る本能寺で孤独な最期を遂げました。しかし、現代の福祉を担う私たちは、絶対に一人で戦う必要はありませんし、戦ってはいけません。
事件のニュースを見て、足がすくんでしまった皆さん。どうか安心してください。現代の福祉現場には、「チーム」という最強の盾があります。これからの時代を担う皆さんに一番に身につけてほしいのは、専門的な技術以上に「危険を察知し、すぐに助けを求めるスキル」です。
少しでも「いつもと様子が違う」「怒鳴り声が聞こえる」など、身の危険を感じるサインがあれば、訪問を中止して引き返す勇気を持ってください。それは決して「逃げ」ではなく、自分と利用者を守るための立派な「専門的判断」です。そしてすぐに事業所に戻り、上司や先輩、ケアマネジャー、時には警察や行政を巻き込んで、2人体制や多機関での対応に切り替えるのです。
今回の悲しい事件を、私たちはただ恐れるのではなく、現場の安全管理をアップデートするための教訓にしなければなりません。「支援者の安全なくして、良い支援は生まれない」。この新しい常識を、若い皆さんと一緒に築き上げていきたいのです。
歴史は変えられませんが、福祉の未来は皆さんの手でいくらでも明るく変えていくことができます。あなたの周りには、共に悩み、共に考え、あなたを守ってくれる頼もしい仲間が必ずいます。恐れることなく、深呼吸をして、一緒に手を取り合いながら、笑顔と安心に満ちた新しい福祉の時代を、ここから創り出したいものですね。
※ news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015137721000